2024年の能登半島地震から2年。被災地は豪雨による二重被害という過酷な試練を乗り越え、仮設住宅から恒久的な住まいへの移行期を迎えています。
公費解体が進み、伝統産業の再開など前向きな動きがある一方、人口流出や高齢者の孤立、インフラ再編の遅れといった深刻な課題も残っています。
震災の記憶を風化させず、復興の歩みを止めないために、私たちは今後も息の長い関心と支援を寄せ続けることが求められています。

金沢市民芸術村で開催された「能登、ひとおし。」は、能登半島地震(2024年1月)およびその後の奥能登豪雨(9月)を経て、復興へ向かう能登の「今」と「人々の体温」を伝える写真展です。




震災の悲惨な記録だけを目的とするのではなく、困難な状況の中でも力強く生きる人々の表情や、季節の移ろい、地域の暮らしが織りなす「温度のある風景」を丁寧に切り取っています。




タイトルの「ひとおし」には、能登の復興に向けてそっと背中を押すという願いが込められています。展示作品は、2024年9月に発売された同名の写真集に収録されたものを中心に、撮影時のエピソードやその後の様子を交えて構成されました。




写真集「能登、ひとおし。」は、震災という大きな傷を負った能登の「今」を、写真家・浅田政志さんと金沢の写真コミュニティ「写真部FOCUS」が足掛け半年以上にわたって記録した一冊です。




消防団との「団結」の1枚 能登町松波では、震災直後から不眠不休で活動した地元の消防団員たちを撮影。浅田さんは彼らと語り合い、その献身的な活動への敬意を込めて、団員たちが一堂に会する記念写真をプロデュースしました。




“泣いても笑っても日は暮れる。でも翌朝には必ず日が昇ってくる。一陽来福(いちようらいふく)のことわりである。能登半島地震から丸2年。山河破れてやさしの国は今、はかり難い混沌(こんとん)の中にある。
復興の歩みについては外部識者などから「遅すぎる」との指摘もあるが、被災地で耳にする多くの声は、その数倍・数十倍の「お蔭(かげ)さま・有(あ)り難(がと)う」の感謝の思いが強い。
多くの人々が犠牲になり、甚大な家屋損壊や生業(なりわい)喪失などを引き起こした2024年の元日地震。やり場のない悲しみが尾を引くが、笑門来福(しょうもんらいふく)という諺(ことわざ)もある。つとめて笑って過ごしたい。”
【渋谷利雄 写真行脚60年 能登来福 引用】




撮影は輪島市、珠洲市、能登町を中心に奥能登全域で行われました。輪島市では町野町の復興拠点や地元の珈琲店、珠洲市では被災しながらも営業を続ける宿、能登町では地域を支える消防団の活動現場などが舞台となりました。震災の傷跡が残る仮設住宅や商店街を巡り、人々の暮らしが息づく場所が丁寧に記録されています。



